「茶道の『主客一体』を、世界中の人に伝えたい」63人から4人に選抜、農家の魅力を高校生に伝えた名大みらいプロジェクト。早稲田合格
茶道の精神性が教えてくれた、人とのつながり
奥村くんの原点は、3歳の頃から見てきた祖母の茶道の稽古にあります。高校では茶道部に入部し、部長を務めました。しかし、他者との適切な距離感を保つことに悩み、自分の気持ちを言葉で表現することが難しいと感じていました。
そんな奥村くんの心を開いたのが、茶室の静かな空間でした。そこでは、亭主と客が互いの存在を感じ取り、一期一会の瞬間を一杯のお茶を通して共有します。主客一体という茶道の精神性を体験することで、奥村くんは初めて他者との深いつながりを実感したのです。

「堅苦しそう」「作法が難しそう」—伝わらなかった茶道の魅力
しかし、茶道の魅力をクラスメートに伝えようとしたとき、「堅苦しそう」「作法が難しそう」といった反応に直面しました。自分を深く感動させた精神性が伝わらなかったのです。日本国内でさえ十分に理解されていないのに、異なる文化や価値観を持つ国ではどう理解されるのだろうか。この疑問が、奥村くんを行動へと駆り立てました。
フィリピン留学で感じた、理解のギャップ
自分で確かめるため、奥村くんは英語が公用語で親日感情が根付いているフィリピンのクラークに留学しました。そこでは「抹茶」や「茶道」という言葉は知られていましたが、その根底にある精神性についてはほとんど理解されていませんでした。この理解のギャップに、奥村くんは深い悲しみを感じたといいます。
帰国後の挑戦—サルード会と三重大学留学生への茶会
帰国後、奥村くんは茶道の精神性を積極的に伝える活動を始めました。国際的な茶道協会であるサルード会に参加し、所作や空間の意味を説明するブログ記事を執筆しました。また、三重大学の留学生向けに茶会を企画し、道具や季節の美学について英語で説明しました。体験と対話の両方を通じて、茶道文化の深さを伝えようと試みたのです。
気づいた文化翻訳の難しさ—抽象と体験のジレンマ
しかし、奥村くんはすぐに自分のアプローチの限界に気づきました。精神性のような抽象的な概念を説明すると、説明が長くなりすぎて聞き手の注意を失ってしまいます。逆に、体験に焦点を当てると楽しさは伝わりますが、より深い意味は伝わりません。このジレンマが、文化翻訳の難しさを明らかにしたのです。
名大みらい育成プロジェクトで学んだ、問題解決と批判的思考
こうした茶道を通じた文化翻訳への関心と並行して、奥村くんは「名大みらい育成プロジェクト2024」に参加しました。名古屋大学主催のこのプログラムは、高校生を対象に多段階選抜を経て世界規模の課題解決に取り組める人材を育成することを目的としています。
第1ステージでは、地球規模課題に関する英語講義を受講し、講義の要約や小論文課題を通してアクティブリスニングを養いました。テーマは気候変動や海面上昇、歴史学など多岐にわたり、地球規模問題の特徴を理解し、批判的思考力を身につけました。
第1ステージの成果により、63名の参加者から20名に選抜され、第2ステージに進みました。4人1組のチームで、異文化コミュニケーション、気候変動、移民法など毎回異なるテーマのワークショップに参加し、活発に議論しました。講義で学んだ問題解決や情報分析の手法を用い、地球規模問題の解決策を英語でプレゼンテーションとして提案しました。このステージでは、チームでの協働力や役割分担を身につけ、21世紀に必要な4Cs(Creativity、Collaboration、Communication、Critical Thinking)を養うことが目標とされました。
「農家の生き方の魅力」という新たな発見
第2ステージでの批判的思考力と協働力が評価され、20名の中から4名が第3ステージに選抜されました。テーマは農業の担い手不足や高齢化で、名古屋大学高野雅夫教授の指導の下、調査と議論を重ねました。
岐阜県恵那市でのフィールドワークでは、農家の方々から直接話を伺いました。環境負荷を減らした土作りや持続的な作物管理など、農家の暮らしに根付く価値を実感しました。この経験から、奥村くんは「農家の生き方の魅力」に着目しました。チームでの議論の末、その価値を現代高校生に多様な進路や価値観について考える契機として伝えられると結論付けたのです。
「土から始まる"ひとなる"プロジェクト」の企画と実施
第3ステージの学びを受け、第4ステージでは「土から始まる"ひとなる"プロジェクト」を企画し、2025年7月に岐阜県白川町黒川の和ごころ農園の協力の下で実施しました。農業体験や講話に加え、振り返りの工程を通して、参加者が「なぜ学ぶのか」「どう生きるか」を考える機会を提供しました。
アンケートでは学びへの動機や進路意識の高まりが複数記述され、高野教授からも教育的効果が評価されました。単なる体験型イベントでなく、参加者が経験に意味を見出す仕組みを盛り込んだ点に独自性がありました。
NHK学園での学び—食文化と社会課題のつながり
また、NHK学園オープン講座「日本食文化マネジメント講座」に参加し、日本食専門家の今井講師の講義を受講しました。全国の高校生とディスカッションを行い、フードロスや貧富の差といった社会課題を解決するための献立について考えました。この経験を通じて、和食や日本文化の発信が社会課題解決につながる可能性を学びました。文化の発信と社会的インパクトのつながりを理解したことが、文化翻訳への関心をさらに深めました。
早稲田大学JCulPで実現したい学び
奥村くんの目標は、茶道の精神性を海外に伝える「文化翻訳者」になることです。単に紹介するのではなく、外国の聴衆の文化的背景を尊重しながら英語を使う「文化翻訳」を実践したいと考えています。そのために、早稲田大学JCulPで日本文化の多面的な理解と翻訳理論の基盤を得て、文化翻訳の実践的なスキルを身につけたいとしています。
「Contemporary Japanese Fiction in English Translation」では、余白や行間の意味といった日本独特の感性が翻訳でどう伝えられるかを探求できます。この学びを通じて、茶道の精神性の非言語的側面をより効果的に文化を超えて伝える方法を探りたいと考えています。
「Issues in English Education」では、英語の多様性と言語と文化の関係について洞察を得ることができ、これは英語圏の聴衆に茶道を伝えるために不可欠です。「Seminar on Global Japanese Culture and Media II」では、視覚的・伝統的文化の表現について研究し、茶会での応用を目指しています。
多様な学生が英語を共通言語として日本文化を学ぶJCulPは、文化翻訳の理論と実践を結びつける最適な場所です。
合格の鍵となったポイント
奥村くんの合格には、いくつかの重要な要素がありました。
第一に、茶道という日本文化と文化翻訳という明確なテーマを一貫して追求した点です。3歳の頃から茶道に触れ、高校で茶道部部長を務め、フィリピン留学、サルード会への参加、三重大学留学生への茶会企画。すべてが「茶道の精神性をどう伝えるか」という一本の線でつながっています。
第二に、文化翻訳の難しさを自分で体験し、言語化した点です。「抽象的な説明は長くなりすぎて聞き手の注意を失う。体験に焦点を当てると楽しさは伝わるが深い意味は伝わらない」というジレンマを明確に認識しました。この自己分析が、学問的探究の必要性を説得力を持って示しました。
第三に、名大みらい育成プロジェクトという難関選抜を突破した点です。63名から20名、20名から4名という厳しい選抜を経て、最終的に「土から始まる"ひとなる"プロジェクト」を企画・実施しました。この実績が、問題解決能力、批判的思考力、協働力、実行力を証明しました。
第四に、農業というテーマと茶道というテーマを「文化翻訳」という視点で統合した点です。一見異なる二つのテーマを、「日本文化の価値を異なる背景を持つ人々にどう伝えるか」という共通の問いで結びつけました。
第五に、早稲田大学JCulPの具体的な講義内容まで調べ上げた点です。「Contemporary Japanese Fiction in English Translation」「Issues in English Education」「Seminar on Global Japanese Culture and Media II」という具体的な講義名を挙げ、それぞれが自分の文化翻訳の探究にどう役立つかを明確に説明しました。
茶室で感じた「主客一体」を、世界中の人々と共有したい
奥村くんの物語の核心は、茶室で感じた深いつながりにあります。他者との距離感に悩んでいた彼が、茶道の「主客一体」という精神性を通じて初めて他者との深いつながりを実感しました。しかし、その感動を言葉で伝えようとすると、「堅苦しそう」「難しそう」という反応に直面しました。
フィリピンで「抹茶」や「茶道」という言葉は知られていても精神性は理解されていないことを知り、サルード会や三重大学留学生への茶会で伝える試みを続けましたが、抽象と体験のジレンマに直面しました。この困難な経験こそが、奥村くんを真の「文化翻訳者」への道に導いています。
名大みらい育成プロジェクトで培った批判的思考力、協働力、問題解決能力。農家の方々との出会いで発見した「生き方の魅力」を伝える難しさと喜び。NHK学園で学んだ文化と社会課題のつながり。これらすべての経験が、早稲田大学JCulPでの学びへとつながっています。
奥村くんは、文化は決して意図した通りには伝わらず、受け手の文脈の中で再構築されることを理解しています。だからこそ、何を「言うか」だけでなく、どう「受け取られるか」に注目したいと考えています。茶室の静寂の中で感じた主客一体の精神性を、異なる文化背景を持つ人々にどう伝えるか。この挑戦は、単なる言語の翻訳を超えた、文化そのものの翻訳です。早稲田大学JCulPで理論と実践を往還しながら、奥村くんは真の「文化翻訳者」へと成長していくでしょう。いつか世界中の人々が、茶室で感じる静かなつながりを、それぞれの文化的文脈の中で理解し、共有できる日が来るかもしれません。
