米の安定供給を研究で実現したい。ジャンボタニシ対策から学んだ、「現場の課題」と「学問」の橋渡し
「安定供給には、多角的な対策が必要だ」——宇都宮大学農学部生物生産イノベーション科学科に合格した上原眞子さんが、高校2年生の時に辿り着いた確信です。今井靖人氏の食マネジメント講座で米の重要性を認識し、令和の米騒動から安定供給の必然性を痛感した彼女は、害虫対策という具体的なアプローチに向き合いました。スクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)の食性観察、規格外野菜を活用した囮作戦の試行。その過程で彼女が発見したのは、「高校段階での実験的検証では限定的だが、そこから見えてくる『学問的な問い』の重要性」でした。
米への関心の芽生え
上原さんが米に強い関心を持つようになったのは、今井靖人氏の「日本食文化マネジメント講座」がきっかけでした。
「米は日本において、不可欠な存在である」
その認識は、令和の米騒動によって一層深まります。価格高騰、供給量の減少。需給・気象・生物被害が絡む複合的な課題を前にして、彼女は一つの仮説を立てました。
「安定供給には、生産量減少を抑制すべきである。その第一歩は『害虫対策』だ」

スクミリンゴガイを選んだ理由
なぜ、スクミリンゴガイなのか。それは、決して一般的な害虫ではないからです。
外来種として1981年に日本に導入され、現在では関東以西の35都府県で生息。「世界の侵略的外来種ワースト100」「日本の侵略的外来種ワースト100」に指定されています。さらに、地球温暖化によって生息域が北上し、被害が拡大する懸念もあります。
「農薬を使うことで土壌が悪化し、イネの育ちが悪くなる負のスパイラル。また、安全性を重視する消費者にとって、農薬使用は躊躇のポイントになる」
つまり、スクミリンゴガイ対策は、単なる「害虫駆除」ではなく、「農業の持続可能性」に直結する課題だったのです。
研究の仮説——「根絶」から「食害抑制」へ
上原さんが立てた研究仮説は、従来の害虫対策とは異なる視点から始まっていました。
「スクミリンゴガイを根絶させることは不可能である。しかし、おびき寄せてイネに直接行かせず、食害の被害を抑えることならできるのではないか」
つまり、「囮作戦」です。そして、その囮に使う植物として、彼女は「規格外野菜」を選びました。
「規格外野菜を使うことで、費用を抑え、環境への配慮、消費者がより安心安全に食べられることや、土壌の負のスパイラルの抑制を目指す」
単なる「害虫対策」ではなく、「食品ロス削減」と「持続可能な農業」を同時に実現する多角的なアプローチだったのです。
三つの実験を通じた、段階的な検証
実験1:基本的な食性観察
対象植物:キャベツ、レンコン、ホテイソウ
結果:キャベツが完全に摂食。レンコンも摂食。ホテイソウの葉にも穴が開いていた。
学び:柔らかいものを好むという性質が明らかになったが、新たな疑問も生まれた。
実験2:イネの部位別検証と観察期間の延長
観察期間を2週間に延長。イネについては、穂・葉・茎に分けて検証。
予期しない問題:2週間の屋外実験により、野菜が腐敗・変色。
重大な発見:イネはほとんど減少しなかった。「田植え直後の柔らかい苗のみを食べるのだ」と考察。
学び:おとり植物に必要な条件が見えてきた——長時間の屋外環境でも原形をとどめる植物。
実験3:比較群の導入と精密な検証
スクミリンゴガイを入れない「比較用の桶」を導入し、植物の変化を分離測定。
対象植物:ゴボウ、レンコン、レタス、ホテイソウ、イネ
決定的な発見:最も大きな差が見られたのが「レンコン」。

研究結果——最適な囮植物はレンコン
三つの実験を通じて、上原さんが到達した結論は明確でした。
スクミリンゴガイの食害対象である
レンコンは既にスクミリンゴガイの食害対象。自然に誘引される可能性が高い。
水に強い耐久性
元々水の中で育つ植物であり、田んぼで実践する際に、腐敗が進みにくく、水質汚染が発生しにくい。
規格外野菜の活用
食品ロス削減への貢献。
宇都宮大学での学び——現場から学問へ
上原さんが宇都宮大学を選んだのは、高校の「現場的な直感」を「科学的根拠」に変える環境だったからです。
園田教授の害虫管理研究
水田を想定した実証的アプローチに参加。高校での限定的な実験を、長期のフィールド実験へと発展させ、現場での有効性を検証する。
柏木准教授での基礎研究
遺伝解析と栽培学をつなぐ視点を養う。「なぜ、スクミリンゴガイはレンコンを好むのか」「イネの『柔らかさ』とは、分子レベルでは何が異なるのか」——そうした根本的な問いに学問的にアプローチする。
統計とプログラミングを磨き、再現性あるデータで意思決定を支える力を身につける。その過程で、安全性とコストにも配慮し、現場の負担を増やさない方法を模索する。
「現場の直感」を「科学的根拠」へ
上原眞子さんが宇都宮大学で学ぼうとしているのは、決して「害虫駆除のテクニック」ではありません。
それは、「複雑に絡み合う農業の課題に対して、どのように『科学的に向き合うか』という思考方法」なのです。
高校段階での試行的実験から、大学での系統的な研究へ。そこで彼女が身につけるのは、「複合的な視点から問題を分析し、現場で実装可能な解決策を構想する力」なのです。
